ラストライブとして行われた苗場スキー場
BLANKEY JET CITY、2000年7月28日 FUJI ROCK FESTIVAL '00(苗場スキー場)のステージ
2000年5月に解散を発表したBLANKEY JET CITYは、7月8日・9日の横浜アリーナ「LAST DANCE」を最後のワンマンライブとしたあと、7月28日、苗場スキー場で開かれたFUJI ROCK FESTIVAL '00の初日にトリを務めた。これがバンドの最後のステージになった。最後に演奏されたのは、アンコールの「BABY BABY」だった。
公演データ
| 公演日 | [1][12][9] |
|---|---|
| 会場 | 苗場スキー場(新潟県湯沢町) |
| 公演名 | FUJI ROCK FESTIVAL '00 [14][25][12][9][8] |
| 区分 | ラストライブとして行われた |
| 終わった理由 | 解散 [1][5] |
| 出演 | 浅井健一、照井利幸、中村達也 [9] |
| 観客数 | 要確認BLANKEY JET CITYのステージの観客数を示す出典は見つかっていない。参考:公式サイトの記録では、2000年のフェス(3日間)の動員数は6万1000人。[12] |
| 最後に演奏された曲 | 「BABY BABY」 [9] |
| 演奏曲数 | 22曲 |
| 映像化 | あり [15][16][25] |
アーティストについて
BLANKEY JET CITYは、浅井健一(ボーカル、ギター)、照井利幸(ベース)、中村達也(ドラムス)の3人によるロックバンドだ[1]。3人はいずれも名古屋の出身で[2]、結成は1987年の名古屋とも[3]、1990年2月の東京とも[2]伝えられる。1990年8月にTBSの「三宅裕司のいかすバンド天国」に出演し[4]、5週連続で勝ち抜いて「6代目グランドイカ天キング」となり、東芝EMIと契約した[2]。
1991年4月12日、アルバム『Red Guitar and the Truth』でメジャーデビュー[1]。1998年には「赤いタンバリン」「ダンデライオン」がヒットした[5]。公式サイトは「冬のセーター」「悪いひとたち」「ガソリンの揺れかた」なども代表的な曲に挙げる[1]。小野島大によれば、初期のライブでは演奏が終わっても客席から拍手も歓声も上がらず、静まり返っていた。つまらなかったのではなく、圧倒されて反応の仕方が分からなかったのだという[5]。
なぜ、これが最後だったのか
2000年5月10日、最後のアルバム『HARLEM JETS』の発売日に、BLANKEY JET CITYは新聞広告で解散を発表した[1][5]。元マネージャーの藤井努によれば、「解散」と宣言して終えることが、メンバーなりのけじめだった[6]。5月にラストツアー「LOVE IS DIE DIE IS A CHANGE」が始まり、7月5日に最後のシングル「SATURDAY NIGHT」が出て、ツアーは7月8日・9日の横浜アリーナ「LAST DANCE」で締めくくられた[7]。公式サイトは、この2日間を「最後のワンマンライブ」とする[1]。
ただ、最後のステージは横浜アリーナではない。藤井によれば、けじめとしての区切りはツアーと横浜アリーナまでで、その後のフジロックは、彼にとっては3人への贈り物だった。ブランキーしか知らないファンが、日本で生まれた新しい文化であるフジロックでほかの音楽に触れるきっかけになればと、フェスで終えることを持ちかけると、メンバーは「俺ららしくていいかもね」と応じたという。横浜アリーナでは藤井たちの頼みで普段やらない曲も演奏したので、最後はまっすぐ突き抜けて終わることに意味があった、とも藤井は語る[6]。
公式サイトによれば、7月28日のFUJI ROCK FESTIVAL '00がバンドのラストステージになった[1]。出演はラストツアーのあとで[8]、当日を伝えたBARKSも、解散を発表したバンドの最後のステージとして紹介している[9]。
「最後」の日付は資料によって分かれる。浅井健一の公式プロフィールは解散を7月9日の横浜アリーナとし[10]、音楽ナタリーの特集はフジロック出演をもって解散したと書く[4]。フジロックの公式ファンサイトには、気持ちのうえでは横浜アリーナが最後で、フジロックはおまけだったと振り返るファンの声もある[11]。このページは、バンドが最後に立った苗場のステージを扱う。
この日について伝えられていること
2000年のフジロックは7月28日から3日間、前年に続いて苗場スキー場で開かれ、4つのステージに100組を超えるアーティストが出演した(動員数は6万1000人)[12]。初日のメインステージ、GREEN STAGE[13]にはフー・ファイターズやケミカル・ブラザーズが出演し、公式サイトの出演者一覧ではその最後にBLANKEY JET CITYの名がある。翌日の同じステージの最後はTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTで[12]、2組は日本のアーティストとして初めてフジロックのヘッドライナーを務めた[14]。
BARKSによれば、薄暗いステージに3人が立つと歓声がわき起こり、しばらくすると降り続いていた雨も止んだ。1曲目は「プラネタリウム」。3曲目の「SKUNK」で会場は一気に熱を帯び、「赤いタンバリン」「ガソリンの揺れかた」「SATURDAY NIGHT」と続いたシングル曲には大合唱が起きた[9]。柴那典は音楽ナタリーの特集で、3人が姿を見せるとすぐに客席が沸き、バンドは感傷に浸ることなく演奏を続けたと書く[14]。
「ぼくはヤンキー」のあとには聞き慣れないアップテンポの曲が1曲演奏され、BARKSの記者はこれを新曲と受け止めた。本編は「D.I.J.のピストル」で終わった[9]。アンコールで浅井は、音楽はたぶん世界中でとても大切なものだと思う、と語りかけた[14]。BARKSによれば、友人に話しかけるような優しい口調で浅井が「最後の曲やるよ」と告げたのが、この日メンバーがバンドの終わりを口にした最初だった。最後の曲は「BABY BABY」。演奏を終えると中村達也はスティックをドラムセットに投げつけて去り、照井利幸もふだんは見せない手荒さでベースを置いた[9]。公式サイトの年譜は、バンド史上初めてともいえる90分間ぶっ通しのライブで、10年5か月の活動に幕を下ろしたと記す[7]。
この公演が残したもの
出演からちょうど25年後の2025年7月28日、この日の「ガソリンの揺れかた」の映像が4Kにアップコンバートされ、公式YouTubeチャンネルで公開された[15][16]。前年には、レーベルが全楽曲の配信開始をこの日付に合わせ、ラストステージの日だと説明している[17]。最後のワンマンライブ「LAST DANCE」は2000年9月20日にアルバムと映像作品になり[7]、2025年7月には両日の全編を収めたボックスも出た[18]。
解散後、浅井健一はSHERBETSのほか、UAとのAJICOや2002年に始めたJUDEで活動し、中村達也はLOSALIOSをバンドとして本格的に動かした。照井利幸は2001年にCARNEを始め、さらにTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのチバユウスケとROSSOを結成した[19]。小野島大は2024年、解散以来ブランキーは公の場で演奏していないと書き、GREEN STAGEのトリを務めた日本人アーティストは、翌日のTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTと合わせてこの2組だけ(日本人だけが出演した2021年を除く)だと記した[5]。公式サイトは、影響を受けた後続世代の一人としてKing Gnuの常田大希を挙げている[1]。
横浜アリーナの2日間も[20]、19日後の苗場の夜も、最後に演奏されたのは「BABY BABY」だった。
- 活動期間(1991年4月12日〜2000年7月28日)
- ラストライブ
- 7月8日・9日の横浜アリーナ公演を収めたアルバムと映像作品『LAST DANCE』が発売される。
- 東芝EMI時代とポリドール時代の曲をそれぞれ集めたベスト盤『BLANKEY JET CITY 1991-1995』『BLANKEY JET CITY 1997-2000』が同時に発売される。
- 照井利幸が新しいプロジェクト「CARNE」を始める。1年後
- 浅井健一がスリーピースバンド「JUDE」を結成。2年後
- 浅井健一がシングル「危険すぎる」で、ソロ名義の活動を始める。6年後
- ラストツアーと「LAST DANCE」の舞台裏の映像を使ったドキュメンタリー映画『VANISHING POINT』が、1日限定で劇場公開される(監督:翁長裕)。13年後
- 解散から約24年を経て、公式YouTubeチャンネルと公式Xが開設される。24年後
- 7月9日の横浜アリーナ公演の映像がフルHDにアップコンバートされ、YouTubeで一夜限りでプレミア公開される。視聴は3万1000人(レーベル発表)。24年後
- 全楽曲の配信が始まる。レーベルは、この日付を24年前にフジロックで国内アーティスト初のヘッドライナーを務め、ラストステージとなった日と説明した。24年後
- 横浜アリーナ「LAST DANCE」の両日の全編を収めた『LAST DANCE COMPLETE BOX』が発売される。初日の映像は初めての公開。25年後
- この日のステージから「ガソリンの揺れかた」のライブ映像(4Kアップコンバート版)が、公式YouTubeチャンネルで公開される。25年後
- アルバム未収録曲を集めた『TRINITY from the shadows』と、最新リマスターのオリジナルアルバム10作が発売される。26年後
本編 アンコール 最後の曲
- プラネタリウム
- パイナップルサンド
- SKUNK
- 赤いタンバリン
- ガソリンの揺れかた
- SATURDAY NIGHT
- CAMARO
- 絶望という名の地下鉄
- 幸せな人
- くちづけ
- PURPLE JELLY
- DERRINGER
- SWEET DAYS
- SOON CRAZY
- 胸がこわれそう
- 3104丁目のDANCE HALLに足を向けろ
- ロメオ
- PUNKY BAD HIP
- ぼくはヤンキー
- I LOVIN' MORE
- D.I.J.のピストル
- アンコールBABY BABY
映像を見る・買う
ガソリンの揺れかた (FUJI ROCK FESTIVAL’00) <4K UPGRADE>
この日の「ガソリンの揺れかた」1曲のライブ映像。4Kにアップコンバートされ、2025年7月28日に公式YouTubeチャンネルで公開された[^src_oricon_bjc_2025]。
出典
- BLANKEY JET CITY 特設サイト — UNIVERSAL MUSIC JAPAN(文:柴那典)
- BLANKEY JET CITY×THEE MICHELLE GUN ELEPHANT特集|ロックシーンに衝撃を与えた2バンドの爪痕 — 音楽ナタリー(小野島大), 2025年7月25日
- BLANKEY JET CITY、YouTubeチャンネルを開設 24年前のラストライブを一夜限定公開 — KAI-YOU(米村智水), 2024年7月2日
- BLANKEY JET CITY×THEE MICHELLE GUN ELEPHANT特集|1990年代を駆け抜けた稀代のロックバンド — 音楽ナタリー, 2025年7月25日
- BLANKEY JET CITY、90年代最強のライブロックンロールバンド――登場から解散までの衝撃を小野島大が振り返る — Mikiki(小野島大), 2024年7月31日
- インタビュー:藤井努(元 Blankey Jet City マネージャー) — HMV&BOOKS online, 2013年1月1日
- HISTORY | BLANKEY JET CITY 特設サイト — UNIVERSAL MUSIC JAPAN
- フジロックのこれまでの歴史を振り返り! 前編(1997~2006年) — Qetic(Qetic編集部), 2016年7月5日
- 【フジロック】最期の最後で新曲も登場! 不覚にも涙が溢れてきた… — BARKS, 2000年8月3日
- 浅井健一 — Sony Music(アーティストプロフィール)
- 【苗場25周年企画(2)】BLANKEY JET CITY、フジロック’00のラストライブ…その前夜、横浜アリーナで行われた伝説のライブ『LAST DANCE』をフジロッカーズが語る!! — fujirockers.org(FUJI ROCK FESTIVAL 公式ファンサイト。文:若林修平、証言:イケダノブユキ), 2024年7月6日
- FUJI ROCK FESTIVAL '26|HISTORY(2000) — FUJI ROCK FESTIVAL 公式サイト
- STAGE(GREEN STAGE) — FUJI ROCK FESTIVAL '23 公式サイト
- BLANKEY JET CITY×THEE MICHELLE GUN ELEPHANT特集|ロックフェス黎明期に2組が起こした熱狂 — 音楽ナタリー(柴那典)
- BLANKEY JET CITY、日本人初ヘッドライナー務めた2000年フジロックから「ガソリンの揺れかた」を4K映像で公開 — ORICON NEWS
- BLANKEY JET CITYフジロック出演から25年、高画質になった「ガソリンの揺れかた」公開 — 音楽ナタリー
- BLANKEY JET CITY、全曲サブスク解禁&初アナログ化含む全オリジナル・アルバムアナログ盤発売! — ユニバーサル ミュージック合同会社(PR TIMES), 2024年7月11日
- BLANKEY JET CITY 『LAST DANCE COMPLETE BOX』7月9日発売決定!!! — UNIVERSAL MUSIC JAPAN, 2025年4月25日
- BLANKEY JET CITY×THEE MICHELLE GUN ELEPHANT特集|ロックシーンに衝撃を与えた2バンドの爪痕 (4/4) — 音楽ナタリー(小野島大), 2025年7月25日
- BLANKEY JET CITY/LAST DANCE COMPLETE BOX [2Blu-ray Disc+4SHM-CD+Photo Book+スタッフパス]<完全生産限定盤> — タワーレコード オンライン(商品ページ)
- FUJI ROCK FESTIVAL '26|HISTORY(1997) — FUJI ROCK FESTIVAL 公式サイト
- FUJI ROCK FESTIVAL '26|HISTORY(1999) — FUJI ROCK FESTIVAL 公式サイト
- BLANKEY JET CITY Concert Setlist at FUJI ROCK FESTIVAL '00 on July 28, 2000 — setlist.fm
- Blankey Jet City @ FUJI ROCK FESTIVAL '00 (2000.07.28) — LiveFans(ファン投稿型のライブ情報サイト)
- BLANKEY JET CITY、フジロックでのラストステージより「ガソリンの揺れかた」ライブ映像公開 — bezzy, 2025年7月28日
- BLANKEY JET CITY解散ライブ初日公演の映像発掘、全編収めたコンプリートボックス発売 — 音楽ナタリー
- BLANKEY JET CITYドキュメンタリー映画が来冬公開へ — 音楽ナタリー
- BLANKEY JET CITY、未収録曲コンピレーションをリリース オリジナルアルバム全作品再発も — Real Sound, 2026年4月13日
- 公式サイト | 苗場スキー場 — プリンスホテルズ&リゾーツ(苗場スキー場)
- 7月9日(火)20時より、横浜アリーナでの伝説のライブ“LAST DANCE”アップコンバートされた最新映像でYouTubeにて一夜限りのプレミア公開決定! — UNIVERSAL MUSIC JAPAN, 2024年7月2日
- The Birthdayチバユウスケが死去 — 音楽ナタリー
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