ラストライブとして行われた日本武道館
山口百恵、1980年10月5日 日本武道館のさよならコンサート
1980年3月、三浦友和との婚約と同時に芸能界からの引退を発表した山口百恵は、10月5日、日本武道館のコンサートを最後にステージを降りた。最後に歌ったのは「さよならの向う側」。歌い終えると、白いマイクをステージに置いた。
公演データ
| 公演日 | [11][5][7] |
|---|---|
| 会場 | 日本武道館(東京) |
| 公演名 | 日本武道館さよならコンサート [11][16] |
| ツアー | 要確認参考値:ファン投稿型サイトのLiveFansは、この日の公演名を「山口百恵 全国縦断ファイナルコンサート MOMOE FINAL「THIS IS MY TRIAL」」としている。全国ツアーの最終日だったかどうかを含め、公式・報道では未確認。[24] |
| 区分 | ラストライブとして行われた |
| 終わった理由 | 引退 [5][11][7] |
| 出演 | 山口百恵 [11][5] |
| 観客数 | 要確認観客数を示す公式発表・報道は見つからなかった。 |
| 最後に演奏された曲 | 「さよならの向う側」 [5][6][8][11] |
| 演奏曲数 | 31曲 |
| 映像化 | あり [11][12][17] |
アーティストについて
山口百恵は1959年1月17日生まれ、東京都出身の歌手だ[1]。1971年10月に始まった日本テレビのオーディション番組『スター誕生!』から世に出た一人で[2]、1972年に同番組でチャンピオンになり、翌1973年に「としごろ」でデビューした[1]。1974年の5枚目のシングル「ひと夏の経験」のヒットで、その年のNHK紅白歌合戦に初めて出場し、紅組の1番手を務めた[3]。
1976年の「横須賀ストーリー」からは、作詞の阿木燿子と作曲の宇崎竜童の夫妻が多くのシングルを書き、1978年の「プレイバック Part 2」もその一つだ[3]。宇崎によれば、2人を指名したのは百恵本人で、自分からマネージャーに頼んだと聞いているという。3か月に1曲のシングルを書く日々は4年半続いた[4]。さだまさしの「秋桜」(1977年)や谷村新司の「いい日 旅立ち」(1978年)も歌い[3]、「伊豆の踊子」「春琴抄」などの映画にも出演している[1]。
なぜ、これが最後だったのか
1979年10月、大阪でのコンサートで、山口百恵は映画で共演してきた俳優の三浦友和との恋人宣言をした[5][1]。その言葉は「私が好きな人は三浦友和さんです」だったと伝えられる[6]。
1980年3月7日、山口百恵は三浦との婚約と同時に、芸能界からの引退を発表した[5]。人気の絶頂にあっただけに、世間からは惜しむ声が上がった[7]。ぴあの連載「音楽偉人伝」によれば、「やめないで」「もったいない」という声も多かったが、結婚の日が近づくにつれて、ほとんどの人が祝福するようになったという[5]。
8月には、阿木燿子と宇崎竜童による31枚目のシングル「さよならの向う側」が出た[8][3][6]。宇崎によれば、引退を聞いたときはまず驚き、続いてほっとしたという。3か月ごとに新しいシングルを書き続ける重圧から、ようやく解放されると感じたからだ[4]。
10月5日の日本武道館は、引退を前にしたファイナルコンサートとして開かれた[6][7]。ただ、人前で歌ったのはこの日が最後ではない。翌6日には『夜のヒットスタジオ』に出演し、最後の出演となる彼女に向けて、和田アキ子や森昌子らが彼女の曲を歌った[9]。10月15日には所属事務所ホリプロの20周年記念式典で「いい日 旅立ち」を歌い、これを最後に7年半の芸能活動を終えた[7]。11月19日に三浦と結婚した[7]。
この日について伝えられていること
この日のコンサートはTBSが生中継し、視聴率は27%を記録した[10]。構成を担当した演出家の宮下康仁は女性自身に、ステージが順調に進み、予定より30分早く終わってしまったと語っている。中継の司会だった久米宏が、大慌てで時間をつないだという[10]。
映像作品の収録曲一覧によれば、ステージは序曲に続く「This is my trial(私の試練)」で始まった。「プレイバック Part 2」「横須賀ストーリー」などを歌い、休憩の演奏をはさんで、「ひと夏の経験」からデビュー曲「としごろ」までさかのぼるメドレーに移る。後半は「いい日 旅立ち」「秋桜(コスモス)」などを経て、「さよならの向う側」で終わる[11][12]。歌ったのは全28曲だった[13]。
文春オンラインによれば、最後の「さよならの向う側」は、白いドレス姿でアンコールに登場して歌った[6]。女性自身によれば、衣装はウエディングドレスを思わせる純白で、髪飾りも白だった[13]。柴那典は著書で、彼女が涙を流しながらこの曲を歌ったと書いた[14]。最後には、ファンへの感謝と、これから幸せになるという言葉を残した[11]。歌い終えると、白いマイクをステージの中央に置いて去った[5][13]。
客席には同じ時代の歌手たちもいた。西城秀樹の隣で見ていた野口五郎によれば、彼女がマイクを置いたとき、アーティスト席にいた全員が、ファンより先に立ち上がって拍手を送ったという[13]。映像作品は、インストゥルメンタルの「This is my trial」で締めくくられている[11]。
この公演が残したもの
コンサートの映像は、何度も出し直されてきた。1999年に『伝説から神話へ』の題でDVDになり[15]、2003年にも新たにDVDで出た[16]。2009年8月には、2003年版に「謝肉祭」を加えた完全版のDVDが出ている[17]。2012年に発表されたBlu-rayは、オリジナルのマルチテープから初めて5.1chのミックスをつくったもので、同じ内容の3枚組CDも出た[11]。2018年12月にはBlu-rayのリニューアル版が出た[12]。
2015年1月14日に約700曲の配信が始まった際には、このライブアルバムもハイレゾで配信された[18]。2020年5月29日には600曲以上のストリーミング配信が解禁された。現代ビジネスによれば、SNSには世代ではないが大好きだという若い人の投稿が並び、7月20日時点のLINE MUSICの歌謡曲・演歌部門のトップ100には、「プレイバック Part 2」をはじめ6曲が入っていた[19]。
2020年10月には、NHK BSプレミアムがこのコンサートを放送した。NHKの広報担当者によれば、再放送を望む問い合わせが、20代以下を含む幅広い世代から200件あまり寄せられた[10]。2021年1月30日にはこの番組がNHK総合で地上波初放送され、関東地区の視聴率は8.6%だった。その後、2009年8月発売のDVDがオリコン週間DVDランキング(2月15日付)で183位から8位に上がり、10年7カ月ぶりのトップ10入りとなった[20]。
マイクを置いて去る姿は、後の歌手の引退とも重ねられてきた。2017年、安室奈美恵の引退を前に、J-CASTのコラムは、山口百恵が武道館でマイクを置いたまま姿を消したことを振り返っている[21]。柴那典は、涙で別れを告げた山口百恵と、笑顔でステージを降りた安室奈美恵の去り際を比べることで、昭和から平成へと社会や女性の生き方がどう変わったかを考えられるのではないかと書いている[14]。週刊女性PRIMEは、白いマイクをステージに置いたことを二度と戻らない決意の表れとし、その後、宣言どおり表舞台に戻ることはなかったと記している[22]。
白いマイクは、映像の中で今もステージの中央に置かれている。
- 活動期間(1973年〜1980年10月5日)
- 大阪でのコンサートで、三浦友和との恋人宣言をする。
- 三浦友和との婚約と、芸能界からの引退を発表。
- 31枚目のシングル「さよならの向う側」発売。
- ラストライブ
- 『夜のヒットスタジオ』に最後の出演。
- ホリプロの20周年記念式典で「いい日 旅立ち」を歌い、芸能活動を終える。
- 三浦友和と結婚。
- DVD『伝説から神話へ~-完全リミックス版-』発売。19年後
- DVD『日本武道館さよならコンサート・ライブ 山口百恵─伝説から神話へ─』発売。23年後
- 「謝肉祭」を加えた完全版のDVD『伝説から神話へ BUDOKAN…AT LAST 1980.10.5.』発売。29年後
- ソニー・ミュージックが、オリジナルのマルチテープから5.1chミックスをつくったBlu-rayと、同じ内容の3枚組CDを発表。32年後
- 約700曲の配信が始まり、このコンサートのライブアルバムもリマスタリングしたハイレゾ音源で配信される。35年後
- Blu-rayのリニューアル版発売。38年後
- 600曲以上のストリーミング配信が解禁される。40年後
- NHK BSプレミアムがこのコンサートを放送。40年後
- NHK BSプレミアムの番組を、NHK総合で地上波初放送(関東地区の視聴率8.6%)。41年後
- 2009年発売のDVDが、オリコン週間DVDランキングで183位から8位に上がる。41年後
本編 アンコール 最後の曲
- OVERTURE
- This is my trial(私の試練)
- 横須賀サンセット・サンライズ
- I CAME FROM 横須賀
- プレイバック Part 1
- プレイバック Part 2
- 絶体絶命
- イミテイション・ゴールド
- 愛の嵐
- 夢先案内人
- 謝肉祭
- 横須賀ストーリー
- 「スター誕生」AGAIN
- INTERMISSION
- ひと夏の経験
- 禁じられた遊び
- 冬の色
- 湖の決心
- 春風のいたずら
- 青い果実
- としごろ
- ロックンロール・ウィドウ
- いい日 旅立ち
- 一恵
- 曼珠沙華
- 秋桜(コスモス)
- イントロダクション・春
- 不死鳥伝説
- 歌い継がれてゆく歌のように
- さよならの向う側
- This is my trial (Instrumental)
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伝説から神話へ BUDOKAN…AT LAST 1980.10.5.
2003年版に「謝肉祭」を加えた完全版。デイリースポーツ(2021)は『伝説から神話へ 日本武道館さよならコンサート・ライブ-完全オリジナル版-』の題で紹介している。収録曲一覧に休憩の「INTERMISSION」はない。
出典
- 山口百恵 — コトバンク(デジタル版 日本人名大辞典+Plus、百科事典マイペディア)
- 山口百恵、森昌子、中森明菜をなぜ発掘できた? 「日本の独特すぎるアイドル文化」を生み出した伝説の番組『スター誕生!』の画期的すぎた“発明” — 文春オンライン(太田省一), 2025年11月5日
- 「山口百恵」のシングル曲で好きな曲はなに?【人気投票実施中】 — ねとらぼ, 2021年6月26日
- 宇崎竜童、“伝説のアイドル”山口百恵さんのヒット曲を妻・阿木燿子と量産、引退を聞いたときは「やっとプレッシャーから解放されるという感覚だった」 — 週刊女性PRIME, 2023年3月19日
- 音楽偉人伝 第4回 山口百恵(後編) — ぴあ, 2018年9月18日
- 「私が好きな人は三浦友和さんです」トップアイドル山口百恵が7歳上俳優との交際告白→芸能界引退…日本の歌謡界が揺れた“1980年の出来事” — 文春オンライン, 2025年4月18日
- 山口百恵と松田聖子の結婚で決定的に違ったものとは? アイドルと“結婚”というタブーの歴史 — 文春オンライン(近藤正高), 2020年11月19日
- 「山口百恵」シングル曲人気ランキングTOP33! 1位は「さよならの向う側」に決定【2021年最新投票結果】 — ねとらぼ, 2021年7月15日
- 秘蔵映像も満載!永遠のアイドル山口百恵がよみがえる — MOVIE WALKER PRESS, 2010年6月28日
- 30分早く終了で大変!今だから語る百恵引退コンサートの裏側 — 琉球新報デジタル(女性自身), 2021年2月3日
- 「伝説から神話へ 日本武道館さよならコンサート・ライブ」Blu-ray Disc化決定! — Sony Music, 2012年9月3日
- 伝説から神話へ BUDOKAN…AT LAST 1980.10.5. リニューアル版 — Billboard JAPAN(商品ページ)
- 「百恵は泣いていた」小柳ルミ子語る引退コンサートの裏側 — 琉球新報デジタル(女性自身), 2021年3月18日
- 「他人事みたいな部分がありました」安室奈美恵が抱えていた歌手活動の意外な悩み…苦心の果てに辿り着いた“転機”とは — 文春オンライン(柴那典『平成のヒット曲』より), 2021年12月6日
- 伝説から神話へ~-完全リミックス版- — Billboard JAPAN(商品ページ)
- 日本武道館さよならコンサート・ライブ 山口百恵─伝説から神話へ─ — Billboard JAPAN(商品ページ)
- 山口百恵 伝説から神話へ BUDOKAN…AT LAST 1980.10.5. — Billboard JAPAN(商品ページ)
- 山口百恵 引退から35年の時を越え 700の楽曲が一斉配信 — Billboard JAPAN, 2015年1月7日
- 山口百恵に“沼落ち”する若者続出のワケ…令和世代も虜にする「3つの魔力」 — 現代ビジネス(濱口英樹), 2020年7月23日
- 山口百恵さんの引退コンサートDVD急上昇 NHK特番きっかけに8位へジャンプUP — デイリースポーツ, 2021年2月11日
- 安室奈美恵、「延命」拒否の気迫ステージ 史上最大の引退劇が始まる — J-CAST(タケ×モリ), 2017年10月3日
- 安室奈美恵、堀北真希、山口百恵など人気芸能人引退の「去り方と逃げ方」 — 週刊女性PRIME, 2017年10月5日
- 日本武道館(スポット紹介) — 千代田区観光協会
- 横須賀ストーリー/山口百恵の演奏されたライブ・コンサート | LiveFans(ライブファンズ) — LiveFans(ファン投稿型のライブ情報サイト)
- Nippon Budōkan — NGA GEOnet Names Server
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