ラストライブじゃなかったアイスシュポルトハレ
レッド・ツェッペリン、1980年7月7日 ベルリン「アイスシュポルトハレ」 ジョン・ボーナムとの最後の公演
1980年7月7日、レッド・ツェッペリンはベルリンのアイスシュポルトハレで、ヨーロッパ・ツアー「Tour Over Europe 1980」の最終公演を行い、「Whole Lotta Love」で締めくくった。9月25日にドラムのジョン・ボーナムが32歳で亡くなり、12月にバンドは解散を発表。この夜が4人で立った最後のステージになった。2007年には、ロンドンで一夜限りの再結集公演を行っている。
公演データ
| 公演日 | [17][10][11][12] |
|---|---|
| 会場 | アイスシュポルトハレ(ベルリン) |
| 公演名 | ツアー・オーヴァー・ヨーロッパ1980(ベルリン公演) [9][17] |
| ツアー | ツアー・オーヴァー・ヨーロッパ1980 [9][17][10] |
| 区分 | ラストライブじゃなかった |
| ラストライブになった理由 | メンバー死去 [4][10][11] |
| 出演 | Jimmy Page、Robert Plant、John Paul Jones、John Bonham [10][12][11] |
| 観客数 | 要確認公表された観客数は見つかっていない。参考: 英語版ウィキペディアは会場の収容人数を6000人とする(出典の記載なし、未確認)。 |
| 最後に演奏された曲 | 「Whole Lotta Love」 [11][17][16][2][14] |
| 演奏曲数 | 14曲 |
| 映像化 | 要確認この公演の公式の映像・音源作品は見つからなかった。公式サイトの公演ページにも映像はない。2007年12月10日の再結集公演を収めた『Celebration Day』(2012年)は別の公演なので、releases には入れていない。[17][14] |
アーティストについて
レッド・ツェッペリンは、ギターのジミー・ペイジが1968年に結成したイギリスのロック・バンドだ[1]。メンバーはペイジと、ボーカルのロバート・プラント、ベースのジョン・ポール・ジョーンズ、ドラムのジョン・ボーナムの4人[2][3][4]。1968年のうちにアトランティック・レコードと契約し[5]、「Whole Lotta Love」(1969年)、「Stairway to Heaven」(1971年)、「Kashmir」(1975年)などを残した[2]。ロックの殿堂は、ブルースやケルトのフォーク、ソウルを混ぜ合わせた彼らの音楽が、ロックの型を押し広げたと紹介している[2]。
日本には1971年9月に初めて来日し、日本武道館などで公演した[6]。9月27日の広島公演はチャリティーとして開かれ、売上金約700万円が市を通じて被爆者の援護に寄付された[6]。翌1972年10月にも来日している[7]。
なぜ、これが最後とされたのか
1979年8月、レッド・ツェッペリンは8作目のスタジオ・アルバム『In Through the Out Door』を出し、アメリカのビルボード200で7週にわたって1位になった[8]。翌1980年6月17日、バンドはドルトムントからヨーロッパ・ツアー「Tour Over Europe 1980」を始めた[9]。7月7日のベルリン公演は、14公演の最後に組まれた日程だった[10][11]。
この公演は、最後の公演として告知されたものではない。10月からは北米ツアーが予定されており、UCRによれば、それまでのツアーで膨らんでいた長いソロや派手な演出を削って臨むはずだったという[10]。バンドは北米公演に向けたリハーサルにも入っていた[11]。
1980年9月25日、ジョン・ボーナムは32歳で亡くなった[4]。
北米ツアーは取りやめになった[11]。12月4日、バンドは声明を出し、これまでどおりには続けられないとして活動に幕を引いた[11][10]。こうしてベルリンの夜が、オリジナル・メンバーの4人がそろった最後の公演になった[10][12]。ジミー・ペイジは2012年のRolling Stoneのインタビューで、代わりのドラマーを入れてはという声は多かったが、ほかの誰かと演奏するとしても出発点がなかったと振り返り、当時のバンドは変わっていく途中にあったと語っている[13]。
その後、ペイジ、プラント、ジョーンズは2007年に、レッド・ツェッペリンとして一夜限りの再結集公演を行った[14][5]。このため当サイトでは、この公演を「ラストライブじゃなかった」に分類している。
この日について伝えられていること
会場のアイスシュポルトハレは、1973年にベルリンのヤッフェ通り、ドイチュラントハレのすぐ隣に建てられた屋内リンクだった[15]。主にアイスホッケーの試合に使われたが、氷の上に木の床を敷けば、ほかの競技やポップスのコンサートも開けた[15]。ベルリンの情報誌tip Berlinによれば、モーターヘッド、フランク・ザッパ、ダイアー・ストレイツらもここで演奏している[12]。
Glide Magazineによれば、このツアーはそれまでより控えめな作りで、セットは2時間ほどにまとめられた[9]。Mixdown誌はこれを「Cut The Waffle(無駄を省く)」ツアーとも呼び、照明やレーザーを外し、「Dazed and Confused」や「No Quarter」のような大がかりな曲をセットから外したと書いている[16]。
Radio Xが伝えるセットリストによれば、ベルリンの夜は「Train Kept A-Rollin'」で始まった[11]。1969年以来ライブの定番から外れていた曲で、このツアーでは毎回1曲目に置かれた[9]。続いて「Nobody's Fault but Mine」「Black Dog」「In the Evening」、前年のアルバムに入っていた「All My Love」などが並び[11][8]、本編は「Kashmir」と「Stairway to Heaven」で終わった[11][17]。
アンコールは「Rock and Roll」で始まり、最後の曲は「Whole Lotta Love」だった[11][17]。Mixdownによれば、この最後の「Whole Lotta Love」は16分ほどに及んだ[16]。演奏は全14曲[11]。バンドの公式サイトは、この公演のページに「The final Led Zeppelin performance」と記している[17]。
この公演が残したもの
アイスシュポルトハレは長い議論の末、2001年4〜5月に、見本市会場の南側を広げる工事に伴って取り壊された[15]。tip Berlinは2025年、今はないベルリンのコンサート会場の一つとして、このホールを紹介している[12]。この公演の公式の映像・音源作品は見つかっておらず、公式サイトの公演ページにも映像はない[17]。
解散後も、3人は何度か同じステージに立った[10]。1985年7月13日、フィラデルフィアのJFKスタジアムで開かれたライヴ・エイドでは、フィル・コリンズとトニー・トンプソンがドラムを務めた[3]。1988年5月14日には、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで開かれたアトランティック・レコード40周年のコンサートに出演し、ボーナムの息子ジェイソン・ボーナムがドラムを叩いた[18]。
2007年12月10日には、ロンドンのO2アリーナでアーメット・アーティガンを追悼するチャリティー公演が開かれ、3人はジェイソン・ボーナムを迎えて、レッド・ツェッペリンとして16曲を演奏した[14][5]。抽選のチケットには2000万件を超える申し込みがあり、ギネス世界記録になった[5]。最後の2曲は「Whole Lotta Love」と「Rock and Roll」で、ベルリンの夜を締めくくった2曲が逆の順で並んだ[14][11]。ペイジは、近いうちに公演が続くと考えたメンバーもいたと振り返るが[13]、2024年の時点で、これが最後の再結集になっている[18]。公演を収めた『Celebration Day』は2012年11月19日に出た[14]。日本では11月21日に『祭典の日(奇跡のライヴ)』の邦題で発売され、10月16日の六本木でのプレミア試写にはペイジも来日した[19]。
4人のレッド・ツェッペリンの最後のステージは、1980年7月7日のベルリンで「Whole Lotta Love」とともに終わった。
- 活動期間(1968年〜1980年7月7日)
- ラストライブ
- ジョン・ボーナムが32歳で死去。
- バンドが声明を出し、これまでどおりには続けられないとして活動に幕を引く。
- フィラデルフィアのJFKスタジアムで開かれたライヴ・エイドに、ペイジ、プラント、ジョーンズが出演。ドラムはフィル・コリンズとトニー・トンプソン。5年後
- ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで開かれたアトランティック・レコード40周年のコンサートに3人が出演。ドラムはジェイソン・ボーナム。8年後
- 会場のアイスシュポルトハレが、見本市会場の南側拡張に伴って解体される(4〜5月)。21年後
- ロンドンのO2アリーナで開かれたアーメット・アーティガン追悼のチャリティー公演に、レッド・ツェッペリンとして出演し、16曲を演奏(ドラムはジェイソン・ボーナム)。チケットの申し込みは2000万件を超えた。27年後
- 2007年の再結集公演を収めた『Celebration Day』が、CD・DVD・ブルーレイで発売される(日本盤は11月21日、邦題『祭典の日(奇跡のライヴ)』)。32年後
本編 アンコール 最後の曲
- Train Kept A-Rollin'
- Nobody's Fault but Mine
- Black Dog
- In the Evening
- The Rain Song
- Hot Dog
- All My Love
- Trampled Under Foot
- Since I've Been Loving You
- White Summer / Black Mountain Side
- Kashmir
- Stairway to Heaven
- アンコールRock and Roll
- Whole Lotta Love
出典
- Led Zeppelin — Encyclopaedia Britannica (Susan Fast)
- Led Zeppelin — Rock & Roll Hall of Fame
- ‘There was no event quite like it’: 40 years later, Live Aid remembered — Billy Penn (Ed Condran), 2025年7月1日
- John Bonham — Encyclopaedia Britannica
- Highest demand for tickets for one music concert — Guinness World Records
- ジミー・ペイジの44年ぶりヒロシマ再訪 市川哲史が「伝説のツェッペリン初広島公演」を探る — Real Sound(市川哲史), 2015年8月10日
- Budokan - October 2, 1972 — Led Zeppelin Official Website
- On This Day, Aug. 22, 1979: Led Zeppelin releases ‘In Through the Out Door’ — ABC Audio (Jill Lances) / WMMO, 2025年8月22日
- 45 Years Ago Today -Led Zeppelin Kicks Off Final Tour in Dortmund (Listen to “Achilles Last Stand”) — Glide Magazine, 2025年6月
- The Day Led Zeppelin Played Their Last Concert With John Bonham — Ultimate Classic Rock (Matthew Wilkening), 2015年7月7日
- What did Led Zeppelin play at their last concert with John Bonham? — Radio X, 2025年5月31日
- 12 legendäre Konzertorte in Berlin, die es nicht mehr gibt — tip Berlin (Jacek Slaski), 2025年7月11日
- Jimmy Page: The Rolling Stone Interview — Rolling Stone, 2012年
- The O2 Arena - December 10, 2007 — Led Zeppelin Official Website
- 101. Kiezspaziergang am 8.5.2010 — Bezirksamt Charlottenburg-Wilmersdorf von Berlin (berlin.de), 2010年
- Listen to John Bonham’s last ever concert with Led Zeppelin — Mixdown Magazine, 2023年1月
- Eissporthalle - July 7, 1980 — Led Zeppelin Official Website
- On This Day, May 14, 1988: Surviving members of Led Zeppelin reunited for Atlantic’s 40th anniversary concert — ABC Audio (Jill Lances) / 97.1 The River, 2024年5月14日
- L・ツェッペリン 内田裕也とスギちゃんが『祭典の日(奇跡のライヴ)』発売をワイルドにお祝い — Billboard JAPAN, 2012年11月21日
- Tradition und roter Plüsch: Die Eisbären beleben die Deutschlandhalle wieder — Der Tagesspiegel (Claus Vetter), 2003年3月12日
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