結果的にラストライブになったマディソン・スクエア・ガーデン

ジョン・レノン、1974年11月28日 エルトン・ジョンのマディソン・スクエア・ガーデン公演での最後のコンサート出演

1974年11月28日、ジョン・レノンはニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで、感謝祭の夜のエルトン・ジョンの公演にゲストとして登場し、3曲を演奏した。自分のシングルが全米1位になったら共演する、という賭けの約束を果たすための出演だった。レノンはその後コンサートに出ることなく、1980年12月8日に40歳で亡くなった。最後の曲は「I Saw Her Standing There」だった。

ソファに腰かけ、身を乗り出して話す丸眼鏡のジョン・レノン(白黒写真)
参考写真1974年9月29日、米ロサンゼルスで取材を受けるジョン・レノン。写真: Tony Barnard, Los Angeles Times / CC BY 4.0

公演データ

公演日 [17][7][15]
会場マディソン・スクエア・ガーデン(ニューヨーク)
公演名 要確認エルトン・ジョンのマディソン・スクエア・ガーデン公演(2夜の1日目。JamBase)に、レノンがゲストとして出演した。この夜の公演名は見つかっていない。[15][7]
区分結果的にラストライブになった
ラストライブになった理由死去 [1][2][10]
出演John Lennon、Elton John、Davey Johnstone、Dee Murray、Nigel Olsson、Ray Cooper [17][20]
最後に演奏された曲「I Saw Her Standing There」 [7][15][16]
演奏曲数3曲セットリストを見る ↓
映像化 要確認この公演の公式の映像作品は見つかっていない。音源は、エルトン・ジョンのシングル「Philadelphia Freedom」のB面(1975年)、3曲入りのシングル『28th November 1974』(1981年)、ライブ盤『Here and There』の1995年の再発盤で公式に出ている。[17][11]

アーティストについて

ジョン・レノンは1940年10月9日、イギリスのリヴァプールに生まれた[1]。ビートルズを結成して率い[2]、ポール・マッカートニーと組んで曲を書いた[3]。ビートルズは1962年10月5日に最初のシングル「Love Me Do」を出し[4]、1966年6月には初めて来日して、日本武道館で3日間に5回の公演を行った。どの回も11曲、35分のステージだった[5]。

ビートルズを離れたあとは、1970年の『John Lennon/Plastic Ono Band』、1971年の『Imagine』などのソロ・アルバムを出した[2]。ロックの殿堂は、ソロ時代の曲として「Imagine」「Working Class Hero」「Instant Karma!」「#9 Dream」を挙げている。レノンは1994年に殿堂入りし、プレゼンターはマッカートニーが務めた[3]。

なぜ、これが最後だったのか

ビートルズを離れてから、レノンが自分のフル・コンサートを開いたのは、1972年8月30日にマディソン・スクエア・ガーデンで昼と夜に行った「One to One」の2公演だけだった。知的障害や発達障害のある子どもたちを支える慈善公演で、2公演で4万人が集まった[6]。

2年後の1974年11月28日、レノンは同じ会場でエルトン・ジョンの公演にゲストとして出演し、3曲を演奏した[7]。

翌1975年4月18日には、ニューヨークのウォルドーフ・アストリア・ホテルで、テレビの特別番組『A Salute to Sir Lew Grade: The Master Showman』の収録に出演し、「Slippin' and Slidin'」「Stand by Me」「Imagine」を演奏した。番組は6月に放送された[8]。

1975年10月には息子のショーンが生まれた[9]。レノンはこの年にアルバムづくりをやめて家族との暮らしに専念し、その後の5年間、公の場からほぼ姿を消した[2]。

音楽に戻ったのは1980年で、8月に録音を始めたヨーコとの連名のアルバム『Double Fantasy』を、11月17日に発表した[10]。1980年12月8日、レノンは40歳で死去した[1]。1974年のマディソン・スクエア・ガーデンのあと、コンサートに出ることはなかった[7][11]。

この日について伝えられていること

出演のきっかけは、その年の夏の録音だった。エルトン・ジョンは、レノンのアルバム『Walls and Bridges』に入る「Whatever Gets You Thru the Night」(邦題「真夜中を突っ走れ」)でピアノとオルガンを弾き、ハーモニーも歌った[12][13]。ヒットを見込んだエルトンは、この曲が1位になったら自分のマディソン・スクエア・ガーデンの公演に出てほしいと、レノンに賭けを持ちかけた[12]。元ビートルズの4人のうち、ソロで全米1位のシングルがなかったのはレノンだけだった[7]。

曲は11月16日にビルボードのHot 100で1位になり、エルトンはすぐ電話で約束を念押しした。レノンはのちに、どこかのエージェントとの約束とはわけが違うので逃げられなくなった、と振り返っている[9]。公演の前の火曜日に2人はリハーサルをし[9]、レノンはエルトンのボストン公演も見に行って、あがるのはそこで済ませたと語っている[7][14]。

11月28日は感謝祭の夜で[15]、レノンの出演は出番の直前まで観客に伏せられていた[7]。エルトンは、感謝祭なので今夜は少し楽しい夜にしたい、と前置きしてレノンを呼び込んだ。レノンは黒のスーツ姿で、黒のフェンダー・テレキャスターを弾いた[9]。

1曲目は、1位になったばかりの「Whatever Gets You Thru the Night」。2曲目の「Lucy in the Sky with Diamonds」は、エルトンが公演の前の週にシングルで出したビートルズの曲のカバーで、録音にはレノンもギターとコーラスで加わっていた[9][7]。エルトンは「Imagine」も望んだが、レノンは、昔のヒット曲を歌うディーン・マーティンのようにはなりたくない、と断ったという[7]。

最後の曲は、エルトンが提案した「I Saw Her Standing There」だった。ビートルズではポール・マッカートニーが歌っていた曲で[16]、レノンは、疎遠になった昔の婚約者ポールの曲だと冗談めかして紹介した[7][15]。演奏はエルトンのバンドが支えた[17]。

別居していたオノ・ヨーコのために、レノンは席を手配していた。ヨーコから贈られた蘭の花をレノンとエルトンが身につけてステージに立ち、終演後、2人は楽屋で再会した[9][7]。レノンはこの夜を、楽しかったが仕事にしたいとは思わない、と振り返っている[7]。

この公演が残したもの

この夜の音源は、まず「I Saw Her Standing There」が、1975年2月にエルトンのシングル「Philadelphia Freedom」のB面で出た[7][18]。1981年には3曲をまとめたシングル『28th November 1974』が出て[17]、1995年には、エルトンの1976年のライブ盤『Here and There』が2枚組で再発された際に3曲が加わった[11]。日本でも2010年に『ヒア・アンド・ゼア+16』として出ている[13]。公式の映像作品は見つかっていない。

レノンの最後のステージがどれかは、数え方で変わる。エルトン・ジョンの公式サイトや Ultimate Classic Rock は、この夜をレノンの最後のコンサート出演としている[11][7]。一方で同サイトは、多くのファンがこの夜を最後のライブと考えているが、観客の前で演奏したのは1975年4月のテレビ番組の収録が最後だった、とも書いている[8]。フル・コンサートなら1972年の「One to One」(2025年に昼夜の2公演をまとめた作品が出た[6])、コンサートへの出演なら1974年のこの夜、観客の前での演奏まで含めれば1975年4月が最後になる。

エルトンはのちに、この夜を人生で最も魔法のような瞬間のひとつと振り返った[19]。レノンとヨーコは、息子ショーンの名付け親をエルトンに頼んだ[9]。

1位になったら共演する、という賭けから生まれた3曲が、ジョン・レノンにとって最後のコンサートになった。

セットリスト

3曲 [7][15][9][11]
1. Whatever Gets You Thru the Night2. Lucy in the Sky with Diamonds3. I Saw Her Standing There

本編 最後の曲

  1. Whatever Gets You Thru the Night · エルトン・ジョンの公演の途中で、レノンがゲストとして演奏した3曲の1曲目。このセットリストはレノンの出演部分だけ。1974年のアルバム『Walls and Bridges』の曲で、11月16日に全米1位になったばかりだった
  2. Lucy in the Sky with Diamonds · ビートルズの曲。エルトン・ジョンが公演の前の週にカバーをシングルで出していて、その録音にもレノンがギターとコーラスで参加していた
  3. I Saw Her Standing There · ビートルズの曲で、もとはポール・マッカートニーが歌っていた。エルトン・ジョンの提案で締めの曲になった

もうひとつの終演を読む

最後だと知られずに迎えた夜が、ほかにもあります。

年表活動期間・ラストライブ・その後の出来事を、出典で確認できたものだけ並べています。
197019801990200020101975年2月 エルトン・ジョンのシングル「Philadelphia Freedom」が出る。B面に、この夜のレノンとの「I Saw Her Standing There」が入る。1975年4月18日 ニューヨークのウォルドーフ・アストリア・ホテルで、テレビの特別番組『A Salute to Sir Lew Grade: The Master Showman』の収録に出演し、「Slippin' and Slidin'」「Stand by Me」「Imagine」を演奏する(放送は6月)。1975年10月 息子のショーンが生まれる。レノンはこの年にアルバムづくりをやめ、その後5年間、公の場からほぼ離れる。1980年11月17日 オノ・ヨーコとの連名のアルバム『Double Fantasy』が英米で発売される。録音は8月に始まった。1980年12月8日 ジョン・レノンが40歳で死去。1981年 この夜の3曲をまとめたシングル『28th November 1974』が、「Elton John Band feat. John Lennon & The Muscle Shoals Horns」の名義で出る。1995年 エルトン・ジョンのライブ盤『Here and There』が2枚組で再発され、レノンとの3曲がボーナス・トラックとして加わる。2010年2月24日 日本で、2枚組の紙ジャケットSHM-CD『ヒア・アンド・ゼア+16』(UICY-94404)が出る。1974年11月28日198020001975年2月 エルトン・ジョンのシングル「Philadelphia Freedom」が出る。B面に、この夜のレノンとの「I Saw Her Standing There」が入る。1975年4月18日 ニューヨークのウォルドーフ・アストリア・ホテルで、テレビの特別番組『A Salute to Sir Lew Grade: The Master Showman』の収録に出演し、「Slippin' and Slidin'」「Stand by Me」「Imagine」を演奏する(放送は6月)。1975年10月 息子のショーンが生まれる。レノンはこの年にアルバムづくりをやめ、その後5年間、公の場からほぼ離れる。1980年11月17日 オノ・ヨーコとの連名のアルバム『Double Fantasy』が英米で発売される。録音は8月に始まった。1980年12月8日 ジョン・レノンが40歳で死去。1981年 この夜の3曲をまとめたシングル『28th November 1974』が、「Elton John Band feat. John Lennon & The Muscle Shoals Horns」の名義で出る。1995年 エルトン・ジョンのライブ盤『Here and There』が2枚組で再発され、レノンとの3曲がボーナス・トラックとして加わる。2010年2月24日 日本で、2枚組の紙ジャケットSHM-CD『ヒア・アンド・ゼア+16』(UICY-94404)が出る。1974年11月28日
  1. 活動期間(1962年〜1974年11月28日)
  2. ラストライブ
  3. エルトン・ジョンのシングル「Philadelphia Freedom」が出る。B面に、この夜のレノンとの「I Saw Her Standing There」が入る。1年後
  4. ニューヨークのウォルドーフ・アストリア・ホテルで、テレビの特別番組『A Salute to Sir Lew Grade: The Master Showman』の収録に出演し、「Slippin' and Slidin'」「Stand by Me」「Imagine」を演奏する(放送は6月)。1年後
  5. 息子のショーンが生まれる。レノンはこの年にアルバムづくりをやめ、その後5年間、公の場からほぼ離れる。1年後
  6. オノ・ヨーコとの連名のアルバム『Double Fantasy』が英米で発売される。録音は8月に始まった。6年後
  7. ジョン・レノンが40歳で死去。6年後
  8. この夜の3曲をまとめたシングル『28th November 1974』が、「Elton John Band feat. John Lennon & The Muscle Shoals Horns」の名義で出る。7年後
  9. エルトン・ジョンのライブ盤『Here and There』が2枚組で再発され、レノンとの3曲がボーナス・トラックとして加わる。21年後
  10. 日本で、2枚組の紙ジャケットSHM-CD『ヒア・アンド・ゼア+16』(UICY-94404)が出る。36年後

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    一部収録CD · 発売 1995年 · 品番 5281642

    エルトン・ジョンの1976年のライブ盤を、1995年に2枚組CDで出し直したもの(輸入盤)。2枚目の8〜10曲目に、レノンが出演した3曲がすべて入っている。この夜のエルトンの公演は一部の曲だけで、1枚目は1974年のロンドン公演[^src_eltonjohn_hereandthere][^src_rakutenbooks_hereandthere]。レノンとの3曲は1995年の再発で加わったボーナス・トラック[^src_eltonjohn_hereandthere]。日本盤『ヒア・アンド・ゼア+16』(UICY-94404、2010年)も同じ3曲を収めるが、確認した時点(2026年10月)では楽天で見つからなかった[^src_umj_hereandthere16]。

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出典

  1. John Lennon — GRAMMY.com (Recording Academy) (確認日 2026-10-16)
  2. About – John Lennon — johnlennon.com (確認日 2026-10-16)
  3. John Lennon — Rock & Roll Hall of Fame (確認日 2026-10-16)
  4. Love Me Do — thebeatles.com (確認日 2026-10-03)
  5. 〈1966年の今日〉6月29日 : ビートルズが来日 — nippon.com (確認日 2026-10-03)
  6. POWER TO THE PEOPLE — johnlennon.com (確認日 2026-10-16)
  7. 50 Years Ago: John Lennon Makes His Last Concert Appearance — Ultimate Classic Rock (Nick DeRiso), 2019年11月28日 (確認日 2026-10-15)
  8. 50 Years Ago: John Lennon Makes His Last Live Appearance — Ultimate Classic Rock (Nick DeRiso), 2020年4月18日 (確認日 2026-10-16)
  9. Seeing as it's Thanksgiving… — johnlennon.com (確認日 2026-10-16)
  10. Double Fantasy – John Lennon & Yoko Ono — johnlennon.com (確認日 2026-10-16)
  11. Here and There — eltonjohn.com (確認日 2026-10-16)
  12. Walls And Bridges – John Lennon with The Plastic Ono Nuclear Band/Little Big Horns/and the Philharmanic Orchestrange — johnlennon.com (確認日 2026-10-16)
  13. ヒア・アンド・ゼア+16 [SHM-CD][CD] - エルトン・ジョン — ユニバーサル ミュージック (確認日 2026-10-16)
  14. Whatever Gets You Thru The Night – John Lennon with the Plastic Ono Nuclear Band — johnlennon.com (確認日 2026-10-16)
  15. The Bet That Led To John Lennon Joining Elton John At Madison Square Garden In 1974 — JamBase (Andy Kahn), 2023年11月28日 (確認日 2026-10-15)
  16. Elton John And John Lennon's Surprise Collaboration — uDiscover Music (Richard Havers), 2025年11月16日 (確認日 2026-10-15)
  17. 28th November 1974… – Elton John Band feat. John Lennon & The Muscle Shoals Horns — johnlennon.com (確認日 2026-10-16)
  18. Philadelphia Freedom – Elton John — johnlennon.com (確認日 2026-10-16)
  19. On This Day in 1974, John Lennon Lost a Bet to Elton John When He Scored the Only Solo No. 1 Hit of His Lifetime — American Songwriter (Erinn Callahan), 2025年11月16日 (確認日 2026-10-15)
  20. Here And There – Elton John — johnlennon.com (確認日 2026-10-16)
  21. 【輸入盤】Here And There (Rmt) — 楽天ブックス (確認日 2026-10-16)

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